
久々ブログ書いてみることに。
なんでかって?最近米で頭がいっぱいでちょっと整理する意味でもね。
なんといってもやっぱり華やかな香りと、表現は嫌いやけどフルーティーな味わいの日本酒が人気やね。
そうなってくると、しっかり米を磨くことになるし、心白があってタンパク質や脂肪なんかが少ないお米を選ぶことになるわなあ。
そういうわけで、山田錦に代表される酒造好適米が必要となってくるわけやね。
もちろん、ふだん普通に食べてるお米でもお酒は出来るし、実際おおかたのお酒はそんな米から造られてる。
せやけどや、山田錦やないと大吟醸酒が造れへんと考えてる人もいるぐらい、酒造好適米は大切やねんな。
それはなんでかをちょっと解説ということで。
雑味、異味、異臭の一切ないお酒を造るには、お米に含まれてる邪魔になる成分を取り除くことが大切になってくるねん。
その邪魔になる成分て、食用としては大切な、脂肪、タンパク質、灰分(過剰なミネラル)、過剰なビタミンなんかで、これらは玄米の表層部分にぎょうさん含まれてるねん。
そやから、精米してその表層部分を削り取るわけやけど、これを米を磨くと表現するねん。そして磨けば磨くほどほどデンプンだけが残って他の成分は取り除くことができるわけやねんね。
そやからいうて、米を半分以上も糠にしてしまうのはどうかとも思うねんけどね。
この、磨くときに気をつけなあかんことは、ちゃんと米の形にそって磨かなあかんことと、米を砕かんようにせなあかんことやね。
ぼろい米を精米したら、例えば50%にしよう思ても、20%砕けて糠となったら、残った米は70%ぐらいしか磨けてないことになるやろ。わかってくれる?
せやから、酒造家は必死になって良いお米を求めるんやね。
何で心白がある米が良いのかは、外硬内柔いうて麹菌の繁殖具合と、醪の溶け具合に関係するねんけど、ちょっと難しいんで又今度と言うことで・・・・
地酒ブームといわれてるけど、日本酒全体の出荷量は減り続けてる。普通の米で造った普通の酒はますます見放されてるねん。
最近農家さんも、普通にお米を作ってても、値段がどんどん下がってきてるから、食用ではブランド米に力を入れたり、酒米にシフトしてきてる。
TPPなんかようわからんけど、これからますますお米を取り巻く状況は変化してくるやろね。
一方、奈良県では「露葉風」っていう酒造好適米に力を入れてるねんけど、これからが楽しみやねん。
こんな風に、これから各地方、酒米もいろんな品種が開発されて面白くなってくるかも。
せやけど、精米競争みたいになるのは好きにしたらええけど、65%精米ぐらいでおいしいお酒造ってほしいな。
よくお酒の説明で、「お米の特徴と風味の感じられるお酒」ってわかったようなこと書いてるけど、あんまり磨いたら特徴もなくなるやろし、かといって玄米に近いようなお米で仕込んだお酒は、個人的には好きになれへん。
一時新潟の本醸造がもてはやされた時代があったけど、純米酒でああいう綺麗なお酒つくってほしいなあ。そんな意味でも「露葉風」には期待したいところやね。
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いつも皮肉って書いてることが多いけど、今回は素直にすごいなあと思えた。
Worldclass(ワールドクラス)って聞いたことある?BARの世界で。
今年で7回目になるバーテンダーの世界大会やけど、その日本大会で今年は奈良の「LAMP BAR」の金子さんが優勝して、世界大会の切符を手にされた。
それが驚くことに、7回の大会で3回も奈良県から優勝者が出てるねん。
2010年は「ザ セイリングバー」(桜井市)の渡辺さん。
2013年には「奈良ホテル」(奈良市)の宮崎さん。
そして2015年は「ランプバー」(奈良市)の金子さん。
奈良県てすごいと思わへん?東京や大阪なんかの大都会も含めて、日本中のホテルや街のバーテンダーが夢見る大会での優勝は、ほんまにすごいことやと思う。
今は少しは増えたとはいえ、奈良にはまだまだ数えるほどしかBARはないのに。
3人に奈良県民栄誉賞でも贈ったらどうやろ。
「奈良の酒飲みは幸せやねえ。」って思うやろ。当然彼らの手によるお酒は味わったことあるけど、自分が幸せやったんやねえ。
自分としてもバーを名乗ってる以上、奈良の価値を落とさんようしっかりせんとあかんね。
奈良の地酒もこの頃相当レベルアップしてるし、一度、お酒を目当てに奈良をめぐってみるのもお薦めやね。
その時は、是非案内役にご指名してもらいたいもんやねえ。ぜったいおもろいことになると思うし。
今度、彼らに日本酒を使ったおいしいお酒、アドバイスしてもらいに行ってくるわ。
金子氏には世界大会のご活躍をお祈りします。

「バー」って聞いてどういうイメージかなあ?
もちろん、ひとそれぞれやと思うけど、普段から行かへん人にとっては、なんかあやしいところと思ってない?
以前、麻生総理が、ホテルのバーでくつろがれてることを、マスコミが叩いたことがあったの覚えてない?
自分としては、当時も今も、何があかんのか全く理解できへん。
「そらバーやってるおまえはそういうやろ」ってか。
せやけど、麻生さんにとったら、ちょっと休憩って感じでカフェでコーヒー飲んでる感覚やったと思うし、そこらの街場で飲むわけにもいかんやろしね。
その時、「高級なバーで飲むのは庶民感覚とずれてる」といった論調やったと思うけど、マスコミ関係者ほどよっぽど無駄に高価な店に行ってると思うけど。
逆に、麻生さんほどのお金持ちが、一流ホテルのバーといえども一般庶民でも行けるところで飲んでるのは微笑ましい感じがせんでもなかった。
そもそも、バーって、ホテルにしても街場にしても、明瞭会計やし、われわれ庶民が気軽に非日常を味わうには絶好の場所やと思うねんけど。
確かに一見で一人では入りにくいかもしれんし、常連さんばっかりやったり、やけに自信満々の雰囲気や価格設定やったりするとこもあるけど。
女性が座って接客する処や高級料亭と違うて、一般的にバーはお酒そのものの値段やし、お酒そのものを味わうことが出来る。
お店の人はたいていお酒に相当詳しいし、何でも聞いていいし、お酒のこと全く知らんかっても全然気にすることない。
しゃべりたくなかったら本読んでても良いし。
知ったかぶりは嫌われるけど、それはバーに限ったことやないしね。
まあ気にいらんかったら一杯で出ても良いし、二度と行かへんかったらええねし、一回バーってとこに行ってみてほしいと思う。
お酒をますます好きになると思うし、お気に入りのバーが絶対どこかにあると思う。
初めての時はホテルのバーが入りやすいと思うけど、ちょと高級すぎると思ったら是非一回うちに来てみて。
気軽にゆっくりしてもらえると思うし。
奈良県内やったら他のバーも紹介させてもらえるし。
「そんなとこまでどうやって行くんや!?」って言われそうやね。
まあそう言わんと連絡してみて。

日本酒って言うたらどんな酒を想像するのやろ。
業界にいてる自分らでは当たり前のことでも、一般の人からみるとそうでもなかったりするのは当然やわなあ。
今回は「ちゃんと説明せなわからんやろ」って話。
日本酒が嫌いな人は、「変な臭いがして、甘くてべとべとするし、飲んだ人の後も臭い」なんて人も多いのとちがうかなあ。
一方、大吟醸酒が好きな人は、「良い香りがして、すっきりしてて飲みやすい」っていう人もいるやろなあ。
若い人の中には、「日本酒ってお米から造るって本当ですかあ~?」「燗って何ですかあ~?」っていう人にも遭遇したことあるけど、「むかし、日本とアメリカと戦争したらしいって知ってるか?」っていう若者の話を聞いたときほど違和感がなかった気がするなあ。
一般に60才位以上の男性にとっては、いわゆる熱燗がお銚子で出てくるイメージとちがうかなあ。
お猪口やぐい呑みで居酒屋や宴会やもちろん自宅で飲む酒って、酒そのもののイメージはどうやろ。
色は無色透明で、香りはさほど気にしなくて、味は塩辛やお刺身、焼き魚、煮付けなんかと合うし、そんなもんやろって感じかな。銘柄も何であれ、「それほどまずくなければ良しとするか」ってな調子で。
そんな先輩方にとって、突然冒頭写真のような色があって、酸味の強いお酒が出てきたらどうやろ。
まず、「古いのと違うか?」「傷んでるのとちがうか?」「酢になりかけてるのと違うか?」って疑うのとちがうかなあ。
そして、日付を見てみると、酒造年度は三年前、製造年月は一年前やったとする。そしたら、疑いが確信に変わって、お店にクレームいいたくなるやろなあ。
実は、この前お客様からお問い合せがあってん。「よそから頂戴したお酒が、茶色くて酸っぱくておかしいと思うねんけど、どうやろ」って。
「山廃」や「生もと」って書いてあるだけで、他に何も説明なかったら、そうなって当然やと思う。
ことわっとくけど、山廃、生もとが全部こんな酒やって言うてるのと違うて、今回のケースではってことやねん。
それと、昔からこういったお酒を好んで飲んでる人は別やで。
そのお酒をいただいて飲んでみると、色は山吹色っていうよりビールのようにもっと茶色い感じで、「山廃」ってラベルにあるお酒によくあるタイプの「うま口濃厚でありながら後切れの良い」ってされるお酒で、一年前やったらもう少しすっきりしてたかなあって感じの味わいやった。
蔵元のねらいの味はどんななのか、飲んだだけでは断定できへんけど、結果的には残念になってしまったのはどうもね。
自分としても、蔵から瓶詰め出荷する製造年月は、その酒の飲み頃であるし、なるべく早く消費した方がいいという認識やったし、今も変わってない。
問屋や小売店や飲食店が、勝手な判断で熟成させるのは、いかがなものかって今でも思ってる。
今回の場合、ラベルに酒造年度と製造年月を並記してあって、蔵元としては配慮がされてると思う。
けど、小売店で一年寝てたことは事実やし、お客さんがお店に電話で問い合わせると「何が悪いんですか?ワインだったらクレームにならないでしょう。同じことですよ。燗したらいいんですよ。この酒はそういったお酒です。」ってつっぱねるのはどやろ。
最近では、生酒でも、蔵出し後流通段階で熟成させるのが平気な場面に出会うけど、お客さんの好みで古くするのは勝手としても、お酒を扱うプロが、独りよがりの判断で、販売する酒を古くするのはどうも理解できへん。
今回のお酒のように、ある程度熟成させた方が真価を発揮するタイプのお酒は、蔵元の判断で出荷前に熟成させてるはずやし、出荷後はなるべく変化しないように願ってるはずやと思うねんけどなあ。いずれにせよ説明不足のような気がする。
それに、どうもこの頃、あまりにも極端に「酸がどうの」って言い過ぎてるんとちがうかなあ。
ちまたではびこる、「日本酒通」ってなんやねん。この方たちのおかげで地酒が売れてるんやけどね。ありがたいねんけどね。
いろんなタイプのお酒があってこそ面白いと思うねんけど、どうも最近偏りすぎてない?
お酒は、「酸がはっきり感じられて、味がしっかりしてるのが良い酒で、色は関係ない。」ってほんまか?
「搾った時はお酒には色があるんです。無色透明なのは炭素で濾過してるんです。」って説明もほんまか?
確かに米から造った酒は、若干の黄緑色してる。でもそれは大きいタンクに入れてわかる程度のお酒が一般的であって、自分ではその方が好みやね。炭素なんか使わんでも色の少ない酒はあるし、低温熟成やったら色も増えにくい。
それと、ワインと同じっていう発想は、どうしても受けつけへんのは考えが古いのかなあ。
せやけど、ワインと同じって言うんやったら、勝手に古くした酒のことを、どこかのソムリエさんみたいに、説明はきちんとせなあかんのと違うかなあ。
お客さんに投げつけて、受けられへんのはそっちが悪いっていうのと違うて。
あかんあかん、人のふり見て我がふり直せやね。

ゆり工房の錫酒器
昨日のことやけど、久々に一人で「大阪南飲み歩き」ってやってみてん。
勉強になるからっていうのは「いいわけ」で、単に飲んべえの遊びやねんけど。
それでも行った店それぞれ感じることあったんで、ブログに書いてみることに。
まず一軒目はちょっと贅沢してミシュラン二つ星の予約が取れないっていう有名懐石割烹。
どんな形でお酒がサービスされるのか楽しみにしててん。
お昼のコースやったけど、お客様は年配の主婦の方ばっかりで、男性はほとんどおらんかった。
お料理はさすがに美味しかったし、見た目も綺麗で趣向が凝らされてた。
最初、冷たいお酒を頼んだら、写真の錫器で出てきた。もちろん美味しかったし値段も一流やった。
お勘定まで飲み物の値段はわからんかってんけど・・・
次に、「燗のお酒ください」って言うてみた。日本酒の燗は微妙なとこあるし、どうなんやろと期待して。
温度の好みは聞いてくれへんかったんで、お酒に合わして最高に美味しい温度で出してくれるんかなあと思ってたら、出てきたお酒は「とびきり燗」やった。
それで、お猪口にそそぐと、黒い小さな異物がぱらぱら入ってて底に沈んでん。クレーム言うのも気が引けたけど、なんぼなんでも気持ち悪いし、異物が何かもわからんし、逆に原因も知りたいこともあって、「何か入ってます」って言うたんよ。
そしたら、もちろん気持ちいい対応で交換してくれた。ちょっともったいなかったけど・・・・
そしたら、今度は上燗で出てきて、美味しかったけど、また入ってるんよ。黒い点々が。
自分としても普段はお酒を提供する側やし、お店が悪いとかいうつもりやないし、腹もたたへんねけど、やっぱり日本酒の燗て怖いなあとつくづく思ったんよ。
この度はお店の人もすぐには原因がわからんみたいやった。
メーカーとしてお酒を販売してたころ、こんなケースの場合、蔵元にクレームが回ってきて、いわれのないことで謝りにかけつけたことが多々あった。
今は、明らかに製品に欠陥がある場合以外は、メーカーにクレームは行かんやろけど、昔は弱い立場の地酒蔵は悲惨やった。「水詰まってる」「なんぼ飲んでも酔わへん」なんていいがかりもあったのを思い出したわ。
せやけど、超一流店でも「お酒に関しては料理ほどこだわってないねんなあ」って印象やね。店によるやろけど。
二軒目は、ちょっと買い物してから女将さんが地酒にこだわってることで評判の小料理屋さんへおじゃましてん。
まだ早い時間やったし、お客さんはお酒に詳しそうな男女一組だけやった。
いろんな地酒が並んでて、今は、知ってる蔵でも昔と違った銘柄が多くて、こんな店では自分としては素人同然って感じやねえ。
それで何頼もうか銘柄ではイメージわかへんので、ここは女将さんにまかせることにして「すっきりしたんください」って言うてみた。
すっきりした酒っていうたら自分としては本醸造の淡麗辛口タイプが出てくるんかと思ったら、さにあらず、「純米無濾過生原酒」やった。「うちでは一番すっきりしてるお酒です。」っていうことやった。
個人として飲むときは淡麗タイプが好みやし、生原酒はしんどいし、二軒目やったし、確かに美味いけどちょっとがっかりで「今度は火入れしてて、すっきりのお願いします。」ってたのんでみた。
そしたら、自分としては「ごっつい印象」の酒が出てきた。2杯ともハーフサイズで頼めたんがよかったけど。
「2杯とも確かに美味しいけど美味しすぎるっていう感じです。」って言うてみた。
そしたら、「今日本酒を牽引してるのはこういうタイプです。こういったお酒があるから、地酒が人気なんです。」ってぴしゃりと言われた。クレーマーと間違われたか、同業界の人間ってばれて煩わしく思われたか、女将の機嫌を損ねてしもた。
どうも、「飲み方をわきまえてない人」みたいで沈んだ気持ちになったんで、もう一軒今度はバーにおじゃました。
初めてやったけど、前から行ってみたかった店やってん。
お客さんは誰もいてなくて、マスターは気軽にしゃべってくれた。ここでは日本酒は飲まんとシェリーとスコッチにした。
今度はお酒関係の人間やと言った上で、いろいろ教えてもらった。勉強になった。
話が盛り上がったところで、二軒目のお酒の好みの話を聞いてもらった。
マスターは、
「一時赤ワインでも、濃くて渋いのが良いワイン、と思ってる人が多かったじゃないですか」「今はわかってる人が増えましたけど」
なんかちょっとすっきりして、酔っぱらって店を出た。
駅にたどり着いて、よせばいいのに酔っぱらいの悪い癖で、駅ナカ立ち飲みにふらふらと吸い寄せられた。
知り合いのマスターに「一杯だけおすすめで」って、
出てきた酒が「純米吟醸無濾過生原酒」。
「今日はこのぐらいにしといたるわ。」ってか。しゃんしゃん。

タイトルは業界紙の見出しやけど。
日本酒全体の出荷量は前年割れを続けてる。昭和50年のピークから比べると3割近くまで落ち込んだ。
○○マルに代表される大手企業を中心とした大衆酒の落ち込みは半端やない。
一方、地酒の中には人気が出て、生産が追いつかないほどの蔵もある。
この相反する傾向は、分母が違いすぎるから同じ感覚では語られへんけど、何か違和感がますます膨らんできた。
一年間で清酒はどのぐらい出荷されてるかというと、平成26年で全国で一升瓶換算でで3億1千3百万本で、25年に比べて8百50万本分減少した。
普段、人気のある地酒ばかりを見ていると、全体の落ち込みは実感としてないけど、一般的に飲まれる日本酒はますます減ってる感じやね。
最大手の白鶴酒造の出荷量は一升瓶で3千万本、一社で全国の約一割を売ってることになる。また、約1,500の蔵がある中で、大手10数社で全国の約半分の量を出荷する。
一升瓶換算の方がわかりやすいと思って書いてきたけど、自分でも桁がようわからんようになってきた。
というのは、地酒が少々有名になって売れたとしても、ほとんどが千石(一升瓶10万本)から3千石で、規模が小さくて全体の落ち込みをカバー出来ない。
マスコミなんかでも、統計からみて日本酒は落ち込んでるように言ったかと思ったら、白鶴の数百分の一の規模の、たまたま目についた銘柄を褒めそやす。地酒ブームだと言う。レストランなんかの紹介番組でも、視聴者の数と店の規模がつりあわへんのと同じやね。
まあ、地酒が表に出るのはうれしいことやけど、ちょと有名になったら量が少なすぎて買われへん、売られへん。
同じような品質や味わいのもんでも、有名でなかったら見向きもされへん。
ある地酒をあつかう酒屋さんが、この頃の一見様は「既に決めた銘柄があってそれ以外は目じゃないという人が増えて、酒談義ができにくくなってきた。」と言ってた。
「蔵開き」とかいうと何千人も人が来るけど、それが普段の需要につながるかどうかは別みたい。酒蔵でも城跡でもライトアップでもパンダでもなんでも一緒くたって感じやね。
話は変わるけど、この頃、燗して飲む酒ってなにが好まれてるのやろ。冬は燗酒飲みたいやんなあ。田舎は寒いねん。
一部のマニアの間では、生酒や濁り酒を燗して、悦に入ってるところを目にすることがあるけどどうなん?
人それぞれ、自分と好みが違うだけやろけど、一部のマニア向けやなしに、美味しい燗酒をもっと啓蒙してほしいなあ。
「ワインみたい」「フルーティー」な酒って燗にはどうなん?
昔の燗酒は美味しなかったって決めつけてない?
今でも日本酒の消費のほとんどが、それでも晩酌で飲んでくれてるお父さんに支えられてると思うねん。
なんか、ますます日本酒は飲まれんようになっていく気がするなあ。
一部のマニアだけ残ったらええのかなあ。

前回、山田錦をむさぼり食う蔵について書いたけど。後で読み返すとやっぱり負け犬の遠吠えやったね。
ますます人気が出てるみたい。この前東京に行った時、普通のお寿司屋さんの親方が、「お客さんの要望で、しかたなくDASSAI祭りやります」って言うてた。
あれから50%やけど飲んだし、勝谷氏の本も読んだ。
確かにすごいね。ちょうどうちと同じような規模の酒屋から、今や純米大吟醸では日本一の出荷量やもんね。
酒造りあきらめた者としては、夢物語やね。
東京市場ってすごいね。右向け~右って感じやね。ほんま田舎にくすぶってたんではあかんわ。
よく田舎で地域興し、村興しって言うけど、やっぱり一度は東京を目指さなあかんと改めて思ったわ。
せやけど、これはブームなんやろか、これからも継続するねやろか。ますます、世界中で売れていくのやろか。それとも、他の幻の酒と同様になるんやろか。
ちょっと今日本酒ブームみたいやねんな。大丈夫か?おまえに心配してもらわんでもええっていわれるわなあ。
フレッシュ、フルーティー&ジューシー(FFJなんて言うらしい)な日本酒って、一時のドイツワインと同じ感じするねんけどなあ。
日本酒を世界に売っていこうとすると、FFJタイプが絶対いいんかなあ。
自分の経験ではアメリカ人にはFFJがうけたけど、ヨーロッパの人には「生もとの古酒」なんかの方が人気あったけど・・・
日本人にしても、ドイツワインがあんまり飲まれなくなってるみたいに、FFJは日本酒の裾野を広げるには最高やけど、そればっかりとはならんのと違うかなあ。
テレビなんかでも、日本酒飲んだことない若い女性に飲ませて評価させてるけどどうなん?
また、「ワインみたい~」「フルーティー~」って聞こえてきそうやけど。
勝谷氏って言う人は「日本酒を良くわかってない報道が多い」って言うてるけど、あんたはほんまにわかってるんか?
ブームを先導してるっていう自負に溢れてるけど、もし今度売れへんようになった時、あまった山田錦どうしてくれるん。
経済原則やから、その時は自己責任なんかなあ。売れへんようにはならんのかなあ。そんなこというとったら何にも出来へんわなあ。やっぱり考えが負け犬やね。
せやけど、自分としては、フレッシュ&フルーティーな日本酒って日本酒の一部っていうふうにしか考えられへんねけど。
これがすべてやし、これが完成品っていう考えはどうもついていかれへん。
フルーティーで勝負するんやったら、日本酒は白ワインの一部とも言えるんちがうかなあ。
消費者に支持されて、売れまくってるんやから何が悪いねんって思うわなあ。
せやけど、自分としては、「米を削りまくって許される範囲や量ってあるんと違うか」って思うねん。
研究のためや、技術向上研鑽のためとか、例外的な試みとしてとか。
がぶがぶ飲むためやったら米を半分以上粉にするのはいかにももったいない気がする。
「米足らん」って、なんか違和感あるなあ。
米をどんどん粉にしてまで日本酒を世界に売ることはそんなに大事なんかなあ?
企業やから大きく羽ばたかんとあかんわなあ。
どうでもいいけど、23%買って飲んでみよかと思うたけど、その金で白ワイン買うことにするわ。
食前酒にそれちょっと飲んで、寒いし、そのあと鍋つついてひれ酒飲むわ。

きのうテレビ見てたら、「山田錦が足らん」っていうテーマで番組やってた。
輸出が伸びてるのに思うように造られへんって切り口やった。
出演してた山口県の酒造会社の社長は「農政が悪い」って言うとった。
なんか違うんちゃうか。
そもそもなんで山口の会社が兵庫の米使わなならんの?
兵庫の山田錦は日本一の酒造好適米っていうのは誰もが認めることやけど、それは農家と灘の酒屋の長年の努力の結果やと思う。
それを急に売れるようになったからいうて、ドカンと大量に発注しても手に入らんのは当たり前ちゃうか?
山口では米造られへんのか?気候が風土が向いてないって言いたいんか?努力したんか?
この前偶然通りかかってんけど、奈良県の山添村でこの会社の銘柄入った山田錦ののぼり立ってる田んぼがあってん。
元奈良県の造り酒屋としては情けない気がしたけど、同時に「なんでもありかい」って感じもした。
そんなに貴重な米を23パーセントまで磨かなあかんのか?77パーセントは粉にしてしまうねんで。
日本一磨いてるって宣伝効果で売れたら勝ちやねんな。マスコミも一辺倒に取り上げ、それに踊らされる世間。
ほんまに日本一旨いんかいな? なんかいややなあ。しゃーないけど。負け犬の遠吠えやけど。
ロマネコンティーは売れるからいうてフランス中からぶどう買いあさったりせえへん。
日本一の酒がフランス一の酒に追いつくんは永遠に無理な気がするわ。
今夜の晩酌は「つげのひむろ」にするわ。蔵元が自分で育てた米で、自分の研究した酵母で、自分で仕込んだ酒で乾杯や。

燗をするのには三つの理由があるって以前から言うてるねん。
一つは身体にやさしくするため、もう一つは口当たりをまろやかにしたり、こくを深めるためやね。
ほんで一番大事な理由は、お酒を冷やのまま出すんでなくて、温めるという一手間かける「おもてなしの心」によるものやいうことやねん。
そういう意味でも、手間がかかるけど一番美味しいとされている燗の方法は「湯煎」やね。徳利なんかをお湯に入れておだやかに仕上げるのが最高や。
「おもてなし」って言う意味では、冷やすっていうのも同じやし、徳利なんかの酒器に移すっていうのも同じことやね。
一升瓶からコップにそのままの常温ひや酒が一番っていう人もいてるし、うなずけるけど今回はおいといて。
一時すたれてた 「燗酒」やけど、ちょっとずつ最近では若い人にも受け入れられるようになったみたいやね。昔とはだいぶ様子が違ってるみたいやけど。
昭和の時代は、お酒と言えば燗で飲むのが当たり前で、冷酒としては夏に生貯蔵酒を少し飲むか、ワンカップやコップ酒として常温の「ひや酒」が普通やった。
その後、吟醸酒などの香りを重視したお酒が一般に出回るようになって、そうしたお酒は冷酒として飲むのが常識とされてきたわな。
一時、燗が敬遠されるようになった理由はいろいろあると思うけど、飲食店なんかでは、 酒燗器で温められた劣悪な酒を、結構高い値段で提供してたことによるのが大きいのとちがうかなあ。
その場合、燗の温度が熱すぎたり長時間熱かけ過ぎて、お酒を劣化させてたこともあるし。
1合2合表示が、実際には少ない容量で当たり前やったこともあるし。
燗のお酒は品揃えがなくて、選ぶ楽しみがなかったこともある。
お客さんも、徳利と杯が何かと煩わしく思われてたこともあるかもしれん。
それから、飲食店では総じて、料理に比べて、お酒で利益を確保しようとしすぎる傾向があったと思うし、にもかかわらず燗酒がぞんざいに扱われてしまっていたと思う。
それでもみんな「こんなもんや」と納得して飲んでたんと違うかなあ。どの店でも、どの酒飲んでもあんまり変わらんかったしな。
いつかは通用せんようになるわなあ。
一般的には
家庭で燗するひと手間が敬遠されたことや、 家庭での食生活が変化してきたことも大きかったと。
マスコミ等で、純米酒や吟醸酒でないお酒は悪い酒であるかのように、上質の普通酒までも、戦後の劣悪酒と同等の扱いを受けたことも影響したと思う。
製造、販売する側も、燗用のお酒は価格競争の具にして大切に扱ってこなかったようにも思うわ。
こうやってふりかえったら、燗が飲まれへんようになったんは必然やと言えるわな。
せやけど最近、燗の美味しさが見直されてきてることも事実やね。
せやけど、ちょっと違うねんな。なんか違和感あるねん。昔人間やからかもしれんけどなあ。
なんでも燗するねん。生酒やとか吟醸やとか。うまいんかなあ。もちろん蔵元が燗を勧めてる場合もあるけど。
ほんなら「おまえは燗にして旨い酒ってどんなんや」って言われたら、改めて考えたら難しいねんなこれが。
人によっては、生もと造りの熟成した感じのお酒が一番って言うなあ。特に酒のことをよくわかってる風の人に多いよなあ。
なんたって端麗辛口っていう人ももちろんいてる。
どれもそれぞれやねんなあ。でも一番言えるのは、上手に燗することやと思うねん。酒と時と場合に合わして。
燗するのって難しいねんな。5度きざみの温度いわれてもなあ。実際はなあ。
どやねん。「人それぞれやからほっといてくれ」って言われそうやけど、ほんまに燗して美味しなかったら、またそのうち見放されると思うしな。
燗に強い酒と弱い酒ってあると思うし。酒の善し悪しと違うて。乱暴に燗しても崩れにくい酒って昔はよかったような。
昔、田舎では「地酒の二級酒」(無鑑査二級)として販売されてて、地元で愛されてたお酒がどこでもあった。
みんな晩酌で燗して飲んでた。お祭りなんかでもこの酒やった。 蔵元も蔵人も飲んでた。
また、そのお酒には各蔵を象徴するラベルが貼られてた。
今、地酒屋さんと言えば、東京で認められた、新しいラベル(昔のデザインの方が好きやなあ)で地元では買えへんお酒を造ってる。こんな酒高うて、晩酌で毎晩飲まれへん。
そんな中、今でも吟醸酒を製造するのと並行して、昔ながらの酒を最新の設備と細心の技術でしっかり造り続けてる蔵もある。
いっぺん、こんな地酒を徳利に注いで、好みの温度で燗つけて飲んでみて。きっと新しい発見があると思うわ。

「睡龍 生もと純米吟醸 蔵内5年熟成」「しょ醇 蔵内10年熟成」
味が載るっていうやろ。
そもそも 「のる」っていう漢字は「載る」でいいのよなあ。ってとこから始まって。
昨今、日本酒の何回目かのブームらしい。オタク、マニアが増えた気はするけど、一般にはあんまり実感はないなあ。
秋になると酒蔵と地酒屋さんは「ひやおろし」を前面に押し出して、ブームを煽ることになる。
「ひやおろし」の説明はどこにでも書いてある通りやけど、最近の「ひやおろし」は宣伝文句で無理矢理って感じがするねんな。
そういう意味であんまり好きやない。けど、自分の好き嫌いって言うてられへんほど、酒蔵がこぞって商品を出してくる。
そもそも、大手酒蔵全盛で、地酒蔵のほとんども、普通酒が出荷の中心やったごく最近まで、夏までは前年度のお酒を中心に出荷して今年度のお酒はブレンドしてた。年中そんなに味わいが変わらんようにか、単に売れ残ってたからかも知れんけど。
そんな中、夏過ぎに「呑み切り」って行事がどの蔵でも行われてて、新酒を春に火入れ貯蔵した桶をすべて「きき酒」してみて、熟成具合を確かめるといったことをやってた。それから本格的に今年度の酒の出荷が始まった。秋晴れしたお酒を出荷するのはある意味常識やった。燗で呑むのが当たり前の時代やったからかもしれんねえ。せやけど、出荷時には炭素濾過して色も味もわざわざ抜いててんけどね。わけわからんやろ。
その頃も、夏過ぎて蔵内温度と外気温があんまり変わらん様になった時期、原酒でそのまま瓶詰めして楽しむっていう「ひやおろし」はあるにはあったけど、炭素濾過しない生詰めっていうことからか大手はあんまり積極的ではなかったし、淡麗辛口全盛時代、地酒蔵もほとんど出荷してなかった。
最近では、冬から春夏にかけて「生酒」が一段落したあとの販売戦略として「ひやおろし」が出た来たけど、それは以前のものとはちょと意味合いが違うものやね。
特別純米や純米吟醸が中心になってることもあるし、お客様側も受け入体制が整ったって感じやね。
それは味わいの好みの多様化と許容範囲の広がりがあると思うし、提供側もそれを生酒の時期からもつくってきたとも言える。
というのは、「味の載り」っていうものが理解されるようになったってことやねんな。この頃は特に、味の載った、味に幅、厚みのある、下品にいうたら味の濃いお酒が好まれるようになったと感じるし、それはしぼりたて生酒の味わいも同様で、さらには生酒をわざわざ熟成させるってことも異端やなくなってる。
個人的には「淡麗辛口」全盛時代に造ってたこともあるからか、若くて堅い方がいまだに好きやねんな。昔の人間って感じやね。熟成の美味しいのはわかるけど。
生もと系の純米酒の熟成なんか、こんなに多くの人が受け入れる時代になるとは思わんかった。
若い女性が、アイラのシングルモルトをハイボールで呑む時代やから、驚いてるのがおかしいかもしれんけど。
以前にも書いたけど、自分が造ってるときは「老ね(ひね)」っていうものとの戦いやった気がする。まず「色」やね。黄金色とも呼ばれる色は炭素で除去せんと「古い酒や」って怒られた。次ぎに「老ね香(ひねか)」って呼ばれる熟した香り。これも嫌われた。「味」はくどいって言われた。
そしたら、現代の「味載りした熟成酒」と「老ねた酒」とは違うのかってことやけど、確かに違う部分と同じ部分があるように思う。
同じ部分はあるけど飲み手の感じ方が明らかに変わってきたようやね。生酒でも熟成による「生老ね香」をあんまり気にしてない人が多いし、まして火入れ熟成酒って銘打ってる「ひやおろし」の熟成風味は素直に受け入れてる。
ちょっと行き過ぎてるぐらい味の濃厚なものが好きな人が多い気もするけど。単に淡麗な中の旨みが判別できへんだけかもしれんっていうたら怒られるかなあ。
違う部分ということでは、味が格段に進化してる。「うまく老ねた(ひねた)」っていうんか、「コクがあるけどキレがある」っていうんかなあ。「濃いけどしつこくない」っていうんかなあ。とにかく旨い酒がいっぱいやね。自分にとっては「旨すぎてしんどい」って変かなあ。
自分的には修行不足で無理ぎみやけど、しっかり「味載り」したお酒をぬる燗で味わえたら一人前ってとこかな。
冒頭の写真のお酒は「熟成酒」やね。これは「熟成そのものを楽しむお酒」ってことの理解でいいと思う。
これはバーで食後にゆっくり味わうようなお酒やけどおいしいよ。ここまでいくと一般の日本酒とは分けて考えなあかんと思う。「味載り」の局地やね。
せやけど普通に呑むねやったら、やっぱり「淡麗辛口」は捨てられへんなあ。無味の旨みっていうかなあ。わかってくれる?

独断で、あえて奈良酒以外で「女性に人気」って思える酒。純米酒と特別本醸造。
たまたまBARにあった中から。
また、テレビの話やけど。
料理やお店の紹介でよく「女性に人気」っていうやろ。
何かすっきりせえへんのは自分だけかなあ。
「男性に人気」ってあんまり紹介されへんことに、ひがんでるわけちゃうけど。
ヘルシーとか、ビューティーとか、ダイエットとか、おしゃれとか、かわいいいとかってキーワードになってるんかなあ。
それとも、女性の方がグルメに敏感で、女性に人気ってお店は、まずは合格点っていうことかなあ。
確かに、女性に気に入ってもらうとうれしいわなあ。
まあ、女性も男性も人によるけど、お酒に関しては女性の方が情報も豊富で、その上で素直に評価してくれる人が多い気もするなあ。
いずれにしても、女性の方が元気やし行動力もあるような感じやね。
今まで出会った「お酒に強い人」ということでは、断然女性に軍配が上がるねん。
男性でもぎょうさん飲む人はおるけど、たいがい見た目酔っぱらってるわ。
女性で強い人は、なんぼ飲んでも乱れへん。良い感じがずっと続く。ほんまびっくりする。まいったって感じやね。
そんな人は、余計なうんちくなんて言わへん。ほんまに美味しそうに飲んでくれる。それでいて知識もあるし、やさしい。
こうして書いてくると、「女性に人気」ってお酒に関しては褒め言葉に違いないね。
自分はすぐ酔っぱらうし乱れる。「酒飲んでるんやから当たり前」って言い訳することになるねんな。
お酒の好みって誰にでもあるけど、強い人って、より多くいろんな酒を経験出来る分、お酒に対して許容範囲も広いと思う。 一方
「純米酒でなかったらあかん」「辛口しか」「日本酒はしんどい」「燗は熱燗」「山廃しか」「純米吟醸しか」「大吟醸は最高」「シングルモルトしかいらん」「赤ワインしか飲まん」「ボジョレーは飲まん」「甘口ドイツワインは初心者」「シャンパーニュでないと」「いきなり焼酎の水割り」「焼酎は芋黒麹だけ」「リキュールはいらん」「ビールは麦芽100」「シェリー、ポート、紹興酒は飲まん」 とか言う人
時として自分にも当てはまるけど、男性に多いね。 うちのお客さんにはいてへんけど。
そばで綺麗な女性が微笑んでるで~。

この頃自信なくしてきてんねん。というより今まで自分がわかってなかっただけかもって思うねん。
というのも、お酒のことやきき酒に関して最近いろんな人のブログなんかを読むようになって、自分にはきかれへことをちゃんと見抜ける人がいるということがわかってきてん。
もちろん、わかったように書いてるだけっていうのもいっぱいあるねんけどね。
ワインやったら、一流のソムリエが表現することが、語彙や経験不足から自分には出来へんのは納得できる。
ワインはそのものの現在の有り様を、花や果物をはじめいろんな例に置き換えて表現して、そこから品種や年代や産地あるいは製造に関して推しはかっていく手法やし、わかりやすい。そやし、訓練したらある程度出来ると思う。言い過ぎか。
一方日本酒は今まで訓練してきたつもりやけどわからんねん。まあ、変な味や異臭があるのは論外にして、ブラインドできき酒してどこまでわかるやろ。生かどうか、純米かどうか、吟醸かどうか、酵母の種類、日本酒度、酸度、アミノ酸度ぐらいは推測できるかもしれんけど、米の品種、酒母の種類、醪日数、貯蔵時間、さらには杜氏の流派や経験、将来性、蔵の考え方までどう?
もちろん、その酒に関して得られる一部の知識から、全体像を推理、想像することは出来るし、きき酒して納得して販売するのは酒屋の仕事であるわけやけど、ブラインドでどうなん?
それが出来る人がいるねんなあ。
伝説的な杜氏さんやったらできるやろうと思う。せやけど、いろんな酒を飲んだ経験や机上の勉強だけで出来るやろか。
蔵仕事も販売も経験したけど、自分のレベルでは無理やね。それは将来も出来へん。
せやから他人も出来へんと思うとった。よく「米まで当てれる人は日本に3人かなあ」って言うとった。
しかしや、どうも多くの地酒屋さんは出来るみたいやね。まあしゃあない。いまさら出来るようにならへんねんから、正直にわかることだけにしとかななあ。
せやけど、生もと純米酒は興味ある。これだけは、その実力が飲んだだけでわかるようにはなりたいなあ。まだないねんな、そんな酒飲んだこと。「乳酸と風味」、「ひねと熟成」、「完全発酵ときれ」、「濃厚さと余韻」、「酸と燗」、「生もと香と秋晴れ」誰か教科書みたいな酒紹介してくれへんかなあ。

ドンペリニオン facebookより
テレビなんか見てて、いつもいややなあと思うことやけど、誰にも言えへんことってあるよなあ。
今はこうしてブログとかあるから、言いたい放題、言いっぱなしが許されるかどうかはわからんけど、とりあえずひとこと言える。せやから、久々書いてみるわ。
この前も、テレビ見てたら日本酒が扱われてて(このごろ以前より日本酒が登場する機会が増えたような)、飲んだタレントさんが「飲みやすい~」ってほめたつもりで言ってた。以前から「ワインみたい~」って訳のわからんほめかたすることもよくあるけど、どう?気持ち悪ない?
バーに来てくれてる人には、「また同じこと言うてるわ、年寄りか」って言われそうやけど。
「飲みやすい」って深く考えたら、究極のほめ言葉になるかもしれんけど、そんな深く考えて発言してるようでもないしなあ。
なんかそれって「本来、日本酒はおじいちゃんの臭いがして美味しのうて飲みにくいもんやけど、このお酒はまだ飲めんこともない。変な臭いもせ~へんし」って言われてるような気がするねん。それから「私はワインは普段からよう飲んでるねんけど、日本酒はあんまり飲んだことがないねん。けどこのお酒やったら、ワインの足下ぐらいまでやったら評価できるわ」って言われてる気もするねん。
「あんたワインほんまに日ごろからよう飲んでるんか?」「どんなワイン飲んどんねん。」って突っこみたくなるねん。
日本酒にしてもワインにしても、「飲みやすい」っていう表現は最高の酒にも最低の酒にも当てはまるし、その人にとって「飲みにくい」酒が高級な酒という場合もある。プレミアムビールは発泡酒より飲みやすいか?ってことやね。
日頃から、品質の良い日本酒やワインを飲んでる人は、「飲みやすい」がほめ言葉やとは思ってないはずや。自分の好みに合ってるという意味、あるいは普段飲み慣れてない人にとって「飲みやすい」と表現することはあってもね。
偉そうに言うてるけど、自分としては「水のごとくさわりなし」っていうタイプの日本酒が好きやし、高価なシャンパーニュよりスパークリングワインの方が美味しく感じる時もある。(バブルの時代のおっさんみたいに「ドンペリはたいしたことない」なんてぜったいに思わへんけどね。)
ただそれは、「好み」であって「評価」とは決して違う。
せやから、「飲みやすい」じゃなくて「わたしこれ好き」と言ってほしいねんな。
そろそろ自分としても、がぶがぶ飲んでんと、味わい深い酒をしみじみ飲めるようにならんとあかんね。
高級なものを感じとれる味覚にならんと。ほんま。
人にばっかり文句言うてんと。

「すずらん」日本最南端の地「室生」(天然記念物) 庭で群生してる。
酒税については、あんまり知らんのが普通やね。
でも、知ってて損ないからということで、ちょっと堅いけど書いてみるわ。
ビールまがいのビールが開発された理由も酒税にあるわなあ。
例えば、缶ビール(350ml)やったら、ビールなら77円、発泡酒46.98円、第3で28円となってる。
この酒税を除いた価格が本当の価格と言えるね。
ちょっとメモっといたらいいかも。
日本酒の場合は、戦後、特級、一級、二級という分類だったのが、高品質な吟醸酒なのに表示が二級といったように、現実と合わなくなったことから、1992年に廃止された。
その時は特級は一升瓶で約1000円、一級で約500円、二級で約200円といった差があって、さらにアルコール度数が上がると税率も上がるというふうに細分化された酒税やった。
今は、一升で216円で統一されてかなり安く高級酒や原酒が飲めるようになってる。
焼酎は一升450円で、日本酒に比べてアルコール度数が高いとはいえ、かなりの負担となっている。
当局はさすがに、売れてる酒を逃さへんわな。取れるとこから取る。安易やね。
それでも変わらず焼酎が売れてるのはすごいと言えるかな。
ワインは日本酒の4分の3やからちょっと安い。せやけど、これからワインがよう売れると当局が判断したら、すぐ上げてくるやろね。
これから、消費税が10%になるっていうことやわね~。
そこで問題なんは、酒やたばこに課されている物品税との「二重課税」やねん。
酒やたばこには、高い酒税やたばこ税がかけられてるけど、その税額を含んだ小売価格にさらに消費税が課せられるわけや。
消費者にとったら、税金に税金がかかっているわけで、二重課税ということになるわけやね。
なんでもっと問題にならへんのか不思議やな~。いつもテレビでえらそうにコメント言うてる文化的知識人って先生は、酒もたばこも嗜まへんのかなあ。
酒造業者としたら、酒税と消費税を毎月払うのは、当たり前の義務と言ってしまえばそれまでやけど、相当な負担やねん。
集金してきたとこから払うんで、少ないもうけから払うてるような気になるし、たとえ集金できてなかったり、貸し倒れになっても、立て替えて納めなあかんねん。酒屋は税務署の手先のようなもんやね。その上検査は厳しいねん。
酒を造らんようになって、この検査から逃れたことだけは良かったわ。
いずれにしても、何でも二重取りはあかんのちゃうの?
コメンテーターは金持ちやから、細かいことは所詮気にならんのかなあ。
今回でブログは一区切りにして、めっちゃ感じることあったら書くことにするわ。
日々の様子はFacebookでということで。

(蔵の洗い場からの景色・・・田植えが完了)
全国新酒鑑評会については一回書いたけど、しつこく書くわ。
鑑評会に出す酒は、酒米の選択、精米歩合、麹づくり、酵母の選択、仕込み配合、醪の温度管理、アルコールの添加量と時、醪を搾るタイミング、搾り方、火入れの温度や時間、提出するまでの管理、提出方法(宅急便か自分で持ち込むかなど)、ありとあらゆるその蔵で出来るすべてのことをやり尽くして完成させるんよ。
なんでそこまでするかはそれぞれやけど、見栄とプライド、名誉、販促に繋げたいなんかの気持ちかな。
金賞になる酒のタイプは毎年微妙に変わってきてて、YK-35が絶対ってされてた時代は、協会9号酵母を使って酢酸イソアミルの、バナナの感じのさわやかで落ち着いた香りが良いとされてたし、最近は、カプロン酸エチルを出す酵母を使って、りんごや洋梨のような華やかな香が評価されるようになってるみたい。
せやから言うて、「ヤコマン」入れてた時代みたいに、「香りさえ出てたらええ」というもんでなしに、味ももちろん雑味なく、バランスも大切やね。
この頃は、研究も進んで、みんなマニュアルに沿った優等生ばっかりで、どうやって差をつけるのか難しいのとちがうかなあ。
前にも書いたけどもう鑑評会の役割は終わってるのと違うんかなあ。
今まで、何回も金賞取ってた蔵でも、もっと個性のある酒造りをめざして、あえて出品せ~へん蔵が増えてきたようやね。
そらそうやと思うわ。
ほんまに、ちゃんと評価してくれるかどうかわからん頭の固い他人に見てもらうより、
その分のお金と労力をほんまに売りたい酒に振り向けるのは当然やと思う。
それと、鑑評会は明らかに弊害が出てきてると思う。飲み手として言わしてもらうわ。
二つあんねん。
以前に酒関係者で、全国の金賞受賞酒を集めてきき酒会をしたことがあってん。
全部一般市場からちゃんと買い上げてんで。
そしたら、思ったほどのことないねん。秋にやってんけど、春に金賞酒の一般公開で飲んだときと全然違うててん。
理由は聞いたことでちょっと専門的になりすぎるけど、
カプロン酸エチルはカプロン酸とアルコールが化学的に反応してできる物質やねんね。
せやから、カプロン酸エチルをぎょうさん造るためには、カプロン酸がようけいるわけや。
せやけど、カプロン酸そのものはかなり問題のある物質で、含まれる量が多なると、「油臭、紙臭、、カビ臭など不快な香を出すし、渋味、苦味の原因となる」らしい。
搾って間のない新酒のうちは、こんな欠点はカプロン酸エチルの華やかな香でマスキングされてるけど、時間が経つと不快な香りが目立つようになるらしい。
ようするに、カプロン酸エチルがぷんぷん香る金賞受賞酒は、審査を受けるときがその酒のピークで、商品となって消費者の口に入るときは、どうなん?ってなるということらしい。おかしいやんな~。
そんなこと、感じたことない?
金賞酒飲んで「いまいち」って言いたくても、みんなが「さすがや」とか言うから黙っといたこと。
二つ目は、前にも書いたけど、アル添の大吟醸が純米大吟醸より金賞多いことやねん。
純米で金賞取るのは至難の業で10%以下違うかなあ。純米で金賞取ってる蔵はすごいと思うわ。
それには理由があるねん。
アル添せんとどうしても味が濃く成り、とくに新酒の間は口当たりが荒なるし、アル添したほうが、香りがよくなるねんなこれが。
醪にアルコールを添加したら、酸、アミノ酸などの成分が薄まって、結果として、すっきりした淡麗タイプの口当たりのいいお酒になるわな。
ここまではわかりやすいねけど、なんでアル添したら香りが良うなるかって難しいやろ。
普通に考えたら、アル添したら香りも薄まると思うわなあ。
それが逆やねん。よう「逆に」って何でもつける人いてるけど、この場合はほんまに逆やねん。
アル添で、酒の中に含まれる香成分の量はむしろ増えるいうねん。
吟醸酒に含まれる香成分の主なものは、酢酸イソアミル、カプロン酸エチルやってよう書いてあるやろ。
これらの成分はエチルアルコールには無限に溶けるけど、水にはほとんど溶けへんねん。
ということは、醪を搾る前のアルコール度数が高いほど、これらの成分がアルコールに溶ける量が多くなるということになるわな。わかる?
この搾るっていうことが問題で、香りも大方酒粕に含まれて、酒には残らんことが多いねん。醪の時のすごい香りが、搾ったら「あ~あ~」ってなることはようある。
ほんま、がっかりするで~。蔵人は多かれ少なかれ経験してるはずや。
特に、カプロン酸エチルは実に85%が酒粕に吸着されてしまうというデーターもある。
せやから、搾る前にちょっとでもアルコール度数を上げて酒に香りを残したいと考えたら、アル添するわなあ。子供でもわかる理屈やろ。
金賞の確率が確実に上がるんやから。
世の中が「純米酒」に注目してる時代に、一番権威があるとされてる鑑評会の審査で、アルコール添加酒で競われ、純米で勝負しようとする気にさせへんような評価基準はおかしいのと違う?
まあ、偉い人と立派な酒屋が良しとするんやからいいんかな。
飲み手としては、純米に宗教みたいにこだわらんでも、旨いと思ったらどっちでもええねんけど、個性ある酒求めるんやったら、これからは純米の方がおもしろいかもしれんよ~。
平成25酒造年度 全国新酒鑑評会 入賞酒一覧表はこちら
なんやかんやいうても、入賞するのはたいへんなことやし、すごい酒であることは間違いない事実やね。
機会があったら飲んでみたいと思うわなあ?
日々の様子はFacebookでということで。

(蔵の洗い場からの景色・・・田植えが完了)
全国新酒鑑評会については一回書いたけど、しつこく書くわ。
鑑評会に出す酒は、酒米の選択、精米歩合、麹づくり、酵母の選択、仕込み配合、醪の温度管理、アルコールの添加量と時、醪を搾るタイミング、搾り方、火入れの温度や時間、提出するまでの管理、提出方法(宅急便か自分で持ち込むかなど)、ありとあらゆるその蔵で出来るすべてのことをやり尽くして完成させるんよ。
なんでそこまでするかはそれぞれやけど、見栄とプライド、名誉、販促に繋げたいなんかの気持ちかな。
金賞になる酒のタイプは毎年微妙に変わってきてて、YK-35が絶対ってされてた時代は、協会9号酵母を使って酢酸イソアミルの、バナナの感じのさわやかで落ち着いた香りが良いとされてたし、最近は、カプロン酸エチルを出す酵母を使って、りんごや洋梨のような華やかな香が評価されるようになってるみたい。
せやから言うて、「ヤコマン」入れてた時代みたいに、「香りさえ出てたらええ」というもんでなしに、味ももちろん雑味なく、バランスも大切やね。
この頃は、研究も進んで、みんなマニュアルに沿った優等生ばっかりで、どうやって差をつけるのか難しいのとちがうかなあ。
前にも書いたけどもう鑑評会の役割は終わってるのと違うんかなあ。
今まで、何回も金賞取ってた蔵でも、もっと個性のある酒造りをめざして、あえて出品せ~へん蔵が増えてきたようやね。
そらそうやと思うわ。
ほんまに、ちゃんと評価してくれるかどうかわからん頭の固い他人に見てもらうより、
その分のお金と労力をほんまに売りたい酒に振り向けるのは当然やと思う。
それと、鑑評会は明らかに弊害が出てきてると思う。飲み手として言わしてもらうわ。
二つあんねん。
以前に酒関係者で、全国の金賞受賞酒を集めてきき酒会をしたことがあってん。
全部一般市場からちゃんと買い上げてんで。
そしたら、思ったほどのことないねん。秋にやってんけど、春に金賞酒の一般公開で飲んだときと全然違うててん。
理由は聞いたことでちょっと専門的になりすぎるけど、
カプロン酸エチルはカプロン酸とアルコールが化学的に反応してできる物質やねんね。
せやから、カプロン酸エチルをぎょうさん造るためには、カプロン酸がようけいるわけや。
せやけど、カプロン酸そのものはかなり問題のある物質で、含まれる量が多なると、「油臭、紙臭、、カビ臭など不快な香を出すし、渋味、苦味の原因となる」らしい。
搾って間のない新酒のうちは、こんな欠点はカプロン酸エチルの華やかな香でマスキングされてるけど、時間が経つと不快な香りが目立つようになるらしい。
ようするに、カプロン酸エチルがぷんぷん香る金賞受賞酒は、審査を受けるときがその酒のピークで、商品となって消費者の口に入るときは、どうなん?ってなるということらしい。おかしいやんな~。
そんなこと、感じたことない?
金賞酒飲んで「いまいち」って言いたくても、みんなが「さすがや」とか言うから黙っといたこと。
二つ目は、前にも書いたけど、アル添の大吟醸が純米大吟醸より金賞多いことやねん。
純米で金賞取るのは至難の業で10%以下違うかなあ。純米で金賞取ってる蔵はすごいと思うわ。
それには理由があるねん。
アル添せんとどうしても味が濃く成り、とくに新酒の間は口当たりが荒なるし、アル添したほうが、香りがよくなるねんなこれが。
醪にアルコールを添加したら、酸、アミノ酸などの成分が薄まって、結果として、すっきりした淡麗タイプの口当たりのいいお酒になるわな。
ここまではわかりやすいねけど、なんでアル添したら香りが良うなるかって難しいやろ。
普通に考えたら、アル添したら香りも薄まると思うわなあ。
それが逆やねん。よう「逆に」って何でもつける人いてるけど、この場合はほんまに逆やねん。
アル添で、酒の中に含まれる香成分の量はむしろ増えるいうねん。
吟醸酒に含まれる香成分の主なものは、酢酸イソアミル、カプロン酸エチルやってよう書いてあるやろ。
これらの成分はエチルアルコールには無限に溶けるけど、水にはほとんど溶けへんねん。
ということは、醪を搾る前のアルコール度数が高いほど、これらの成分がアルコールに溶ける量が多くなるということになるわな。わかる?
この搾るっていうことが問題で、香りも大方酒粕に含まれて、酒には残らんことが多いねん。醪の時のすごい香りが、搾ったら「あ~あ~」ってなることはようある。
ほんま、がっかりするで~。蔵人は多かれ少なかれ経験してるはずや。
特に、カプロン酸エチルは実に85%が酒粕に吸着されてしまうというデーターもある。
せやから、搾る前にちょっとでもアルコール度数を上げて酒に香りを残したいと考えたら、アル添するわなあ。子供でもわかる理屈やろ。
金賞の確率が確実に上がるんやから。
世の中が「純米酒」に注目してる時代に、一番権威があるとされてる鑑評会の審査で、アルコール添加酒で競われ、純米で勝負しようとする気にさせへんような評価基準はおかしいのと違う?
まあ、偉い人と立派な酒屋が良しとするんやからいいんかな。
飲み手としては、純米に宗教みたいにこだわらんでも、旨いと思ったらどっちでもええねんけど、個性ある酒求めるんやったら、これからは純米の方がおもしろいかもしれんよ~。
平成25酒造年度 全国新酒鑑評会 入賞酒一覧表はこちら
なんやかんやいうても、入賞するのはたいへんなことやし、すごい酒であることは間違いない事実やね。
機会があったら飲んでみたいと思うわなあ?

うちの蔵の酒槽(ふね)の様子
一般の人はあまり気にしてないことに、醸造酒は雑菌におかされやすいということがあるねん。
蒸留酒なんかは、アルコール度数が高いから雑菌は繁殖せんけど、特に日本酒は気つけなあかんねん。
自分で製造から瓶詰め出荷管理までしてたときは、雑菌管理が一番の仕事やったし、気つこたわ。
タンク洗いから、道具洗い、ビン洗いまで、造り酒屋の仕事のほとんどは洗い仕事やね。
せやけど、なんぼ気をつけても雑菌は入り込むねんな。
このお酒の好きな菌を、乳酸菌の一種で「火落ち菌」と呼んでる。
この菌が増殖すると、お酒が濁ったり、酸が増えたりするねん。これを「火落ち」言うてる。体に悪いかどうかはようわからんねけど。
増殖を抑えるには、低温に保つか、死滅させるか、完全に取り除くしかあらへん。まあ、高度数のアルコール中では生きられへんけど、日本酒の市販酒の一般的なアルコール度数15度程度では平気やねん。
そこで、死滅させるには、「火入れ」っていう作業をするわけやね。
低温殺菌法(パスツリゼーション)っていうやつやね。18世紀に、フランスの細菌学者パスツールがぶどう酒の腐敗を防ぐために考案した方法やけど、日本では15世紀に奈良ではすでに行われてたと記録されてる。
もう一つは、取り除くという方法やけど、濾過やね。
これは、限外濾過って言われる方法やけど、相当な設備がいる。
ここで難儀なんは、「火入れ」にしても「限外濾過」にしても品質確保のためにやるんやけど、それが逆に、風味を落としてしまうことになる、ということやねん。
生酒を売ろうとしたら、本当は「純生酒」で出荷したいところ、技術と妥協のせめぎ合いをするわけやね。
大手メーカーは限りなくリスクをゼロにするから、風味を犠牲にせざるを得んとこがある。
そこが、生酒を売りにしてる地酒の入り込む隙間になってることもある。地酒は特約店制をとってて、目の届く範囲にしか出荷せんからね。もちろん地酒メーカーも細心の注意を払ってる。
無濾過生で出荷してる酒は原酒が多いのは、アルコール度数を上げて、火落ちを防ごうとしてる側面もある。
ただ、お酒を仕事とする人の中でも、火落ちに対して無頓着な場合が多いねんな。
まして消費者の中には、普通お酒は傷まへんもんと考えてるわなあ。
これが、製造側からすれば悩みの種やねん。
酒販店等でタンクから量り売りをされる場合なんか、見てて胃痛なるわ。火落ち菌は一般家庭にはあんまりおらんけど、酒を扱うとこにはおると思うし。
もうほんま、ちゃんとお客さんにリスク説明してんのかなあ。事故起こらへんのたまたまちゃうの。
日本酒って繊細なもんやねん。
醸造する側のエゴかもしれんけど、日本酒は傷むもんやという意識をもっと持ってもらいたいねん。
ただ、この面倒なところが、焼酎とかの蒸留酒の後塵を拝することにつながっているかもしれん。
でも逆に、そういうところが、日本酒の魅力でもあることを、わかってもろたらうれしいなあ。
それから、一般に「新酒しぼりたて生原酒」として出荷されるお酒は、寒い冬の間に飲みきってしまうのが美味しいねんけど、うちで扱わせてもらってる「風の森」って言うお酒は、微生物管理が行き届いた「油長酒造」から年中出荷される「無濾過生原酒」やね。
確かに封を切らんかったら雑菌に冒されることは絶対ないけど、やっぱり生酒やという認識は忘れたらあかん。
販売させてもらってる者として蔵の品質管理に頼ってるばかりではあかんよね。
むやみに、何年も生のまま古酒にしたり、かってに小瓶に詰め替えたり、どうなんかなあ。
「美味しかったらええやん」っていうことやけど、お酒の変化の微妙なところは、やっぱり「きき酒」でしかわからんし、自分も鍛え直さんとえらそうに言えんわ。

(右から3番目が大吟醸グラスで4番目がコニャックグラス)
バーって日常と違う空間でありたいよね。
グラスにもこだわりがあるよね。バーによって。
「蔵のきき酒室」はまだまだやけど、いろいろ考えることもあるわ。
このごろ、日本酒をワイングラスでって、はやってるみたいやね。
なんかひっかかるんねんな。
何かわからんけど。
何で日本酒がワイングラスなん?
ある意味わかるよ、香りがよくわかるから。
吟醸酒は最近の日本酒の主流やし、世界にアピールするためにはワイングラスはもってこいやと思うけど。
なんかひっかるねんな。
リーデル製の大吟醸グラスが世に出てから久しいけど、それを使ってるんやったら日本酒グラスやろし。
うちのバーでも使ってるけど、それでもどうも違うねんな。なんか。ようわからんけど。
日本酒にもいろんなタイプがあるわな。
ワイングラスにぴったりなんは、きどった大吟醸酒のようやけど、最高の日本酒がワインのグラスに入れられるのはどうなん?
大吟醸が最高の日本酒とは限らんけど。
ほんだら、「おまえはどんなグラスでサービスするねん」ってなるわなあ。
本来、何でもぴったりなんが「お酒(日本酒)」って思ってるから始末が悪いねんな。
その時の感覚で選んでるねんけど、もちろんワイン用のグラスも使ってる。
なんか抵抗あるけど。
スコッチ用のテイスティンググラスとかも使うけど、陶器や磁器なんかももちろん使う。
でも、日本で本来使われてきた酒器は、香りを重視してないねんあ。それでよかってんけど。
せやけど、今は、それだけでは芸ないのも認めざるをえんよな。
今度、ブランデー用のグラスをためしてみたんよ。裕次郎様のとはちょっと違うんやけど。
ちょっと小振りやねん。
これが自分のイメージとぴったりやねん。
ワイングラスをぐるぐるって感じやなくて、もっと繊細な感じ。
ワインより日本酒が繊細やっていうてるんやないで。
日本酒はワインより「か弱い」ねん。そんなことない?
大和撫子が外国の女性よりか弱いって言うたら怒られそうやけど。
やっぱりおまえも「ぐい飲み」と違うねんなって言われるけど。
もちろん、銚子に杯はあたりまえやけど。
なんか「ワイングラス」はいややし、「ぐい飲み」も万能やないねんな。
そこんとこの感覚は上手に書けへんわ。
そんな話おもしろいと思ってくれたら、バーに来て教えてほしいなあ、いろいろと・・・。

(写真はうちの蔵で仕込んでた時の醪の発酵の様子)
16回で「菩提もと」の話を書いたけど、今回は「酒のもと=酒母」について書いてみるわ。
えらそうに酒母について書けるほど、酒造りわかってないけど、そのわかってないところを思うままにって感じで。
酒母は要するに、ねらった酵母を純粋に大量に育成したものをまず醸造して、それからの本番の仕込みが順調に進むようにするのが目的やと理解しといていいと思うねんけどね。
その酒母の育成手法は「菩提もと」の他、大きく分けて「生もと系酒母」と「速醸系酒母」があるわなあ。
その違いは、醸造に欠かすことの出来へん「乳酸」を、どのような手法で獲得するかというとこやけど、そこら辺の詳しいことは今日はおいといて、この「酒母」の種類の違いが完成したお酒にどんな影響を及ぼすかということやねんけど。
それがイマイチようわからんとこやねんな。
これを明確に答えることが出来たらすごいと思うわ。
日本酒マニアみたいな人は、ようわかったように言うてはることあるけど。
一般的には、「生もと系酒母」に区分される「生もと」と「山廃もと」はしっかりした味わいながら切れの良い酒を生み出すとされ、対する「速醸系酒母」は味わいが軽やかですっきりした酒になると思われてるのとちがうかなあ。どう?
ほんまにそうなん?
それは、「生もと系酒母」の酵母は「速醸系酒母」の酵母より、酒母育成の日数が長く手間のかかることから、より丈夫で強い酵母だけが淘汰され生き残っていると言われてることからやねんけど、そこのところがようわからんねんな。
例えば、山廃もとで仕込んだ醪は、酵母が発酵が終わるまで、元気さを保ってると言われてる。
一方で、速醸もとの酵母は、発酵の終わりごろになるとバテてきて、酵母が死に始めると言う人もいる。
これは「純米酒」と「アルコール添加酒」の違いにも同じことが言えて、
純米酒の完熟醪は、酵母の活動は弱まってても、最後までしっかり生きたまま、酒粕の方へ移るとされる。
一方のアルコール添加をした醪では、酵母は添加したアルコールで死んでしまって、死んだ酵母は、すぐに自己消化が始まって、いろんな成分が酵母の死骸からモロミの中に溶け出してくるらしい。
これがいわゆる「後切れを悪くする」とされる「雑味」酒に残ることになるという理屈やね。
分析するとアミノ酸の量多い酒になるということやねん。
せやけどほんまにそうなんかなあ。
自分で実際に飲んだ経験からは、前者は酸が多くてどっしりしてる印象やね。
それから、「切れが良い」っていう感覚がいまいちようわからんねん。
完成された「生もと系酒母純米酒」を飲んだことがないのかもしれんけど。
「菩提もと純米酒」にしても、酒母は正暦寺で造る一つの酒母を9の蔵が分けてそれぞれの蔵で仕込むんやけど、根底には同じような風味があるものの、かなり違ったお酒に仕上がってる。
つらつら書いてきたけど、酒母と完成したお酒の関係は教科書通りとはいかんのと違うかなあ。
誰かそのへんのとこ、ご教授願えんかなあ。きき酒しながら。
バーにサンプル持って遊びに来てくれへんかなあ。
自分で納得いかへんうちは、お客さんにしゃべっても嘘になるしなあ・・・。
ちゃんと教えてくれたらサービスするし。

この頃、テレビで料理を扱う番組が多いね~。
自分も好きやからよう見るねんけど、レストランとか居酒屋とかぎょうさんあるよなあ。
次から次と・・・。
その時、料理とお酒と一緒に紹介する番組って少ない気がするけど。なんでなん?
最近は酒飲まんと料理だけ食べるんかなあ。自分には無理やね。
それはええねんけど、そのシェフとか料理自慢のタレントさんがテレビで家庭用に料理つくってみせることあるわなあ。
それ見てたら、いかにも出来上がりが美味しそうで自分でも出来そうな気がするわなあ。
その時、キャスターとかコメンテーターが「意外と簡単ですね~」って言うの聞いたことない?
「うん、うん、この材料は何とかに変えてもいいですよね~」ってどこかで食べたんか知らんけど、さも料理したことあるように。
それが実際、家でやってみたら手間もかかるし、思うように出来へんかったことない?
当たり前やと思うわ。
どんな料理も下ごしらえが大変やし、例えば、オムレツ焼こう思たらシェフのようには絶対に出来へんわなあ。
たまねぎ刻むのも、包丁は切れなあかんし、もちろん腕もいる。塩ひとつふるにも熟練の技がある。火の通し方も口では言えへん。
ほんまに料理したことあったら、決して「かんたんですね~」とは言えんはずや。
そんなこと言う人に限って、「このお酒はこの料理にあいますね~」「大吟醸って米を削ってるから、あっさりしてるけどこくがある」なんてね・・・。
酒造りの現場は一般の人には実際には経験出来へんけど、ちょっと体験しただけやのに、さも蔵仕事すべてよう知ってるように言う人いてるねんな。業界の人にも多いねん。
蔵仕事って、もちろんテレビで紹介されてるような場面はいかにも酒造りって感じやけど、洗い仕事とか消毒とか、道具の手入れなんかの地味な仕事が大切やし、何するにしても、段取りに時間がかかる。それがほとんどやし大事やねん。そして、その具合が直接酒の出来に繋がってくるんよ。
料理も、酒造りも、表に見えてるところとは違うところに、一番の決め手があると思うねんな。
見えてるところは「簡単ですね~」って感じがしても、そんなもんやないってことやね。
自分もあんまりわかったように言うの気をつけんと。
「おまえもたいしたことあらへんのに」って聞こえてきそうやね。今日はこのぐらいにしとくわ。またね~。

いい季節になって、庭の灯籠に灯りを入れてみた。
写真が下手やからうまく伝わらへんけど、なかなかの雰囲気やで~。
お酒を造って瓶詰め販売してた頃は、庭なんて眺めてる余裕なかったなあ。
話は突然変わって、タイトルの本題に戻るけど、
国税庁は毎年「清酒製造業の概況」っていうものを公表している。
造り酒屋は、規模にかかわらず、間接税である酒税の関係で財務省の管轄やねん。ようは、税務署にいつも見張られてる感じやね。
せやから、国税庁の調査となると、たとえアンケート的なものでも、包み隠さずきっちり回答するよう教育されてる。
そういうわけで、全国の酒屋の経営状態がほぼ正確に浮かび上がってくる。
同じ造り酒屋といっても、一升瓶換算で、年間数万本しか売ってない酒屋と、数千万本規模の酒造メーカーがある。
この数が全部で現在約1,600蔵あって、それぞれがブランドを持って、同じ土俵で勝負してる。
こんな業界めずらしいのと違うかなあ。
そんな中、小さい蔵は価格競争で淘汰された時代を経て、付加価値商品に活路を見いだして現在に至ってるわけやけど、
数としては6割が家族経営の零細企業というのが現状やね。
戦後昭和の時代は、「桶売り」言うて、自分のブランドで売れなくても、大手の下請け工場のような形で、小さい蔵でもそれなりに経営してた。
平成に入って、だんだん日本酒が売れんようになって、大手は桶買いを止めてから、下克上戦国時代が始まったわけやね。
ひとたまりもなく価格競争で吹き飛ばされた蔵や、一方で純米吟醸酒で大手メーカーを見下ろす蔵も現れた。
ただ、出荷量では大手17社が全体の55%を売ってるのが現状やね。
一方、6割の零細蔵で、日本酒全体の量の5%しか造ってない。
大きさで企業の価値は計られへんとは言え、経営が安定してない小さい蔵は多いねんな。
大きい蔵も、大衆酒としての日本酒の低迷と相変わらずの価格競争の中、蔵の数が最盛期の半数以下になった今でも、ますます経営が圧迫されている。
長州の蔵(獺祭やけど)が、純米大吟醸が売れすぎて、原材料の兵庫県の山田錦のを買い占めて、供給が間に合わへんって記事見たけど、これってどうなん。
兵庫の山田錦は、もともと灘の酒蔵にとっては「宮水」と並ぶ命と違うの。
もともと、兵庫山田錦は契約栽培で、以前は他の酒蔵が手に入れたくても、簡単にはわけてもらえへんかったんと違うの?
何を言いたいのか、ようわからんようになってるけど。
兵庫の山田錦は、注文したらそれでどうぞって売ってくれるようなものと違うかったはずや。長州の蔵だけやなくて、全国の酒蔵が「兵庫山田錦」を欲しがるのは、なんか安易な気がするわ。灘はなんで守らへんの。
灘の大手こそ、「兵庫山田錦純米大吟醸」を製造の中心に据えたらええのと違うの?何とか丸と違うて。漁師さんはもっとええ酒似合うで。
なんか蹴散らされた側の、わけのわからん愚痴になってしもたけど。
なんか極端な気がするねん。みんながみんな同じ銘柄追い求めるって、なんなん?
ほんまにみんな、米を半分以上も捨ててしまう純米大吟醸がのど越しいいん?そんな贅沢好きなん?あんまり偏りすぎてない?
普段食べてるお米で、丁寧に造った純米酒の濁り酒なんか旨いけどなあ。
テレビとかに出てるもんは、よう(良く)見えるのはわかるけど。芸能人の飲んでる酒は、美味しそうに見えるのもわかるけど・・・・。
大手企業はまあ勝手に頑張ってもらうとして、せっかくここまで残ってきてる地元の酒屋に、ちょっとでも注目したってほしいなあ。
なにも「爆発的に売れるようにしたってくれ」って言うてないねんで。
それもなんか下品やしな~。

写真は毎年「正暦寺(しょうりゃくじ)」で行われる「菩提もと純米酒」の仕込みの「甑(こしき)」から蒸気が上がる様子やね。
大和は日本清酒発祥の地って知ってた?
この「正暦寺」はまさにその発祥の地やね。
そのこと自体は「それがどうした」って言う人もおるやろけど、当時の酒造りを出来るだけ忠実に再現しようとしたプロジェクトから生まれた酒が現在あって、それが「菩提もと純米酒」っていうのはすごいやろ。
日本酒は元来、「どぶろく」といわれるものが縄文時代から全国各地で自然発生的に造られ飲まれてきた。
それが15世紀中頃に、初めて清酒つまり清い澄んだお酒を誕生させたんが正暦寺というわけやね。
ようするに、どぶろくを布で漉して清酒と酒粕に分けたということなんよ。
そういう意味では「奈良漬け(瓜類の酒粕漬け)」も奈良発祥っていうのもうなずけるやろ。
なんで神社やなくてお寺やねんということやけど、簡単に言うたら、お寺は当時大量に集まってくるお米を酒にして流通させることで、お金にしたわけやね。お坊さんはお金儲けが好きやったとも言えるわなあ。
そういうわけで、より保存に耐えうる酒を探求した結果、どぶろくよりも清酒にした方が良いということで考え出された技術やね。その時期に、お酒を熱することで腐敗しにくく、より日持ちのする酒になることもわかってたみたいやねん。この技術はヨーロッパでは18世紀になってパスツールが考えた「低温殺菌法(パスツリゼーション)」と同じ方法やね。
醸造方法も「乳酸菌」の働きを巧みに利用することを確立してる。
乳酸菌の造り出す「乳酸」は、雑菌を死滅させるけど、酵母菌はその中で生きていけることを利用したわけやねん。
今でも理論的に同じ方法が行われてるというのはすごいことやね~。まさに近代醸造法の元祖やね。
現在、この「菩提もと純米酒」は平成10年の復活から、年に一回だけ1月に奈良県の酒蔵家の有志によって正暦寺で「菩提酒母(もと)」造りが行われる。正暦寺は日本で唯一「酒母造り免許」があるお寺やねん。
このお酒はまさに室町のお酒が平成の世に蘇った、今流行ってる吟醸酒とは路線の違う、しっかりした深みのある味わいのお酒に仕上がってる。
このお酒の仕込みは「生米」を使うところが最大の特徴やけど、その辺の話は長なるから、バーに来てくれたらゆっくり聞いてもらえるねんけどなあ。もちろん味わってもらえるし。
以前に、「風の森」を醸してる油長酒造の山本長兵衛さんと、ソムリエの田崎真也さんとの対談を、古いホームページに載せてたので今でも見てもらえるかも。その様子はこちら。
菩提もと純米酒は大和の彩りショップで

山椒の芽がようやく開いてきた。
後ろに見えるのは蔵の煙突やね。
なんで蔵には大きい煙突があるかわかるかなあ。
大きな釜で米を蒸すためのバーナー用の煙突やね。
昔は薪か石炭で焚いてたんやろね。今はボイラーの蒸気を使うからこんな大きな煙突はいらんようになった。
まあ、煙突は昔からの造り酒屋の象徴みたいなもんやね。
業界紙見てたら、「酒蔵開き」が盛んに行われているようやね。
うちの蔵で造ってた時代は、業者の人や飲食店の人向けに、営業という意味で蔵を見てもらったことはあった。
けど、今の流行は、不特定多数の人対象に、千人以上の人が一度に蔵を訪れるようなイベントみたいやね。
PRするのは営業活動としては当たり前で立派なことのようやけど、どうなん?
みんな普段からお酒や酒蔵をちょっとでもリスペクトしてくれてるんやろか。
酒蔵からしたら「これから蔵と日本酒を少しでも見直してもらえるように」という思いやろか。
せやけど酔っぱらいになるほど「試飲」してる人とか見てたら、いい感じせえへんねんな。
酒蔵は神様に守られた神聖な場所で、以前うちでは、蔵人さん以外はたとえ家族の者でも、杜氏の許可なしには入れへんかった。
もちろん、「蔵開き」いうても、ほんまに造ってる処に、お客さんを入れてるわけやないとは思うけど、どうもね。
板前さんが、厨房に素人さん入れたりせ~へんし、まして、食材触らしたりありえへんわなあ。
よく、一般の人がタンクをのぞいたりしてる様子を紙面等で見かけるけど、うそやろって感じするわ。
見学するスペースはほんまに仕込んでる場所と隔離されてるならいいけど、そうなってるのかなあ。
うちみたいな酒蔵では別に通路の併設なんて出来んしなあ。
どっかの冷凍食品工場で毒入れられた事件最近あったわなあ。あれは、一応教育された従業員の仕業やった。
例によって、マスコミは管理体制の不備や言うてぼろくそやったわなあ。
お客様は全員神様で、悪人はいてないとは思うけど、「人の口に入る物造ってる工場」と言う意味で、酒と冷凍食品はどう違うん?
それと、酒蔵は微生物を扱う繊細なところと違うの?
いいん?雑菌いっぱい持ち込まれて。相当自信がないと出来へんなあ。
一方で、日頃から愛飲してくれてるお客様限定で、お酒と純然と向き合う形での酒蔵見学会をやってる蔵があるけど、少人数なら目も届くやろし、それは意味があると思う。
そういう会では、振る舞い酒や屋台の出店なんかない。
お客様も、むやみに酔っぱらったり、お酒のつまみを持ち込んだりはせ~へん。
みんなその蔵を愛してるから、少しでも汚さんようにしてくれる。それから、ちゃんと質問してくれる。
そんなお客様には、発酵タンクの香りを嗅いでもらいたいって気持ちになるのもうなずける。
せやけどいつから蔵開きや酒蔵祭りって盛んになったんやろ。みんなイベントが好きなだけ違うの?普段の需要に繋がってるんやろか?
まあ、売れるためには必要なことなんやろね~。
みんなが持ち込んだ雑菌、どうやって処理するん? そんなもん関係ないんかなあ?
それも酒の味にするんかなあ~。
「造りやめたおまえに心配してもらわんでも結構」って言われるなあ。

6回目で、泡盛を飲んでみようかみたいに書いたら、写真の「まるだい」が送られてきた。
ラベルを見ても、以前沖縄を訪れた時の印象より、泡盛業界が華やかな印象やね。
日本国中の人に焼酎が定着した中、今度は泡盛を飲んでみたくなるのは当然の流れの気がするね。
もう泡盛古酒は定番になってるのかな。知らんかったんは自分だけやったかもね。
泡盛は九州の焼酎の源流で、黒麹の元祖やね。いもの黒麹仕込みと同じ味わいがあるね。原料は違うけど。
この「まるだい」は、今まで持ってた古酒(クースー)のイメージとちょっと違うなあ。たしかに美味しいけど、なんかきれい過ぎるような。
やっぱり、減圧蒸留してるんやろか。酵母も香りを出す酵母使ってるんやろか。
焼酎や泡盛のことはわからんことだらけやから、次から次と興味がわいてくるわ。
そもそも、「飲みやすい」って褒め言葉なんかなあ? 「飲みやすい酒」って良い酒なんかなあ?
時と場合によるけど、「飲みやすい酒」が必ずしも最高とは言えんわなあ。
それと同じで「フレッシュ&フルーティー」が最高とは言えへんよなあ。日本酒でもワインでも。
自分的にはクセのある酒も好きやけど、どの酒も「飲みやすい」って言われる方向に進みすぎてる気がするねんけど、どうやろ。なるべく売らんとあかんし、これでいいんかな?
まあ確かに、日本酒は「端麗辛口」はやっぱり好きやけど。
でも、一回「これがほんまの古酒や」っていうの飲んでみたいなあ。どう?